試写会行きました。
この映画をみて思い出したこと2つ。
1つは、小学生だか中学生だかのときに、「最高に尖った鉛筆削り」に夢中になったこと。
薄い刃のカッターで削ったり、しまいには鉛筆を斜めにして紙をやすり代わりに芯の部分を磨いたり。
そうしてできあがった鉛筆が描く、ものすごく細い線にほれぼれとしたものだ。
しかしある日気づいた。
つきつめていくと円すいの頂点はあくまで数学的な点、つまり「幅がない」のが真理である。
つまり「完全に尖った鉛筆」は線の幅がない=書けない鉛筆ということになる――この結論にたっしたときのなんとも不思議なすがすがしい気持ちを忘れることはできない。
もう1つは、楽譜の不思議さ。
人類が、音楽という聴覚によるある種の刺激に感動をおぼえるというのもすごいことだと思う。
とくに詩ののった歌ではなく、楽器による演奏に対しては、とくにそうだ。
しかも、人類はそれを視覚的な記号である楽譜に記録するというやり方を生み出した。これまたすごい。
さらにさらに、楽譜を視覚的に読むことで、聴覚的な感動を頭の中に再現できるという人間の理性の力はものすごいことで、こればっかりはほかの動物にはけっしてマネのできない人間らしい能力だと思う。
さて、この映画を見て感じたのは、数式に美しさを感じる人間の理性の力のすごさ。
一方で、人間はつねに不完全なものであること――間違いをおかしてはずかしい思いをすること、人を好きになる気持ちがむくわれないことのもどかしさ…。
その両方が1つに統一しているのが人間だという人間賛歌がこの映画の主題だと思う。
おいおいと泣けるわけではないが、わきあがる不思議な感動…この映画に感動することができる自分という存在そのものにも感動してほしい。
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